三方分山
山行記録  [ back ]

フリガナ サンポウブンサン 
山域・山名 三方分山(1422m) 
日   時 1996年(平成8年) 9月23日 月曜日 秋分の日 
天   候  
行   程 沼津IC(7:35) (東名) 富士IC(7:50) − 精進湖駐車場(8:35)
駐車場(9:00) − 登山口入口(9:10) − 女坂峠(10:00-08) − 三方分山(10:47-11:05) − 精進峠(11:40)− 根子峠(12:20-30) − パノラマ台(12:50-13:55) − 根子峠(14:06) − 駐車場駐車場(14:40) − 富士IC(16:20) (東名) 沼津IC(16:35) 
所 在 地 山梨県西八代郡下部町、西八代郡上九一色村 
2.5万図 市川大門 
緯   度 35.3006 
経   度 138.3621 
備   考  


 台風17号が太平洋側を通って北上し、各地で被害が出た翌日、台風一過に伴う好天と展望を期待して、精進湖の北側にある三方分山へとやってくる。

 精進湖畔の駐車場にはボートで釣りを楽しむ人や、バーベキューを楽しむ人のターフが張られている。
 精進湖に沿って暫く歩き登山道を探すが標識などはなく、ガイドブックに書いてある精進の大杉の看板が出ていたのでこの道だろうと細い道へと入っていく。
 両側に家が建ち並ぶ一本道を上がっていくと左側に精進の大杉があり、尚も上がって行くと砂防堰堤に突き当たる。
 この堰堤を右に巻きながら登って行くと2つめの堰堤がある。左側から巻くように堰堤の上に出て、トリカブトが多くなりはじめてほどなく女坂峠に着く。

 女坂峠には4体の首のない地蔵と土橋将楽の句碑が立っている。句碑も字がはっきり読みとれなくなっていて登山口のところに立っていた案内板に、この句碑の言葉が書いてあったが最後の「・・・・不如帰」しか記憶になく、わからずじまいであった。
 その昔この道を徳川家康も歩いて甲州へと入ったという。大勢の軍勢を率いてさぞ大変な事だったろうと思われてならない。  

 女坂峠をすぎるとすぐ背丈程のクマザサとなる。手でかき分けながら踏み跡を進み、クマザサが終わりブナ林となると右側が切れ落ちているところが何箇所あり、黄色いテープが張られている。

 このあたりからキノコ類が多く見られるようになるが、どれが食用なのか見分けもつかず横目で眺めながら三方分山をめざす。
 平坦な場所に出て、ひざ下位のクマザサの中を暫く歩くと三方分山頂上である。
 ここまでの道のりは踏み跡はしっかりしているけれど雑木が無造作に生い茂り、手でかき分けて進む様な道なので夏などはかなり苦労しそうである。

 三方分山の頂上はあまり展望がきかず唯一南側に精進湖、その後方に富士山がくっきりと見えるところが一カ所だけあるのみである。
 しかし三方分山とは実に変わった名前である。ガイドブックによると旧八坂村・精進村・古関村、3つの村境の山であると書いてある。昔はミノブヤマと呼ばれていたとのこと。 

 山頂から暫く下ると湖西山(現在は精進山)と書かれた字の消えかかった標識と、三等三角点が道ばたに埋められている。
 さらに下っていくと眼下に甲府盆地がみえ、その上に金峰山や八ガ岳がくっきり見えるはずだったのだがあいにく雲がかかっていて見えない。
 この辺りからちらほらとリンドウが咲いている。山にある野生の草花は実にいい色をしているものである。このリンドウにしても綺麗な紫色をしていて、うっかりすると踏まれてしまいそうな所にひっそりと咲いているのである。実にいじましい限りである。

 もう暫く下り切って三ツ沢峠。休憩もとらずに先に進み西側が伐採されたコルにでる。
 ここで今日はじめて人と出会う。4人で休憩をしている最中であった。なおも先を急いで登り下りを繰り返して根子峠へ。ここで少し休憩をとって一気にパノラマ台へ到着。

 目の前に広大な青木ヶ原樹海、その上に大きな富士山。御坂から道志、丹沢、毛無山と大変よい眺めである。しばらくこの展望をながめて写真をとったりして昼食とする。

 ここから根子峠まで戻り精進湖へと下る道を通り駐車場へと戻る。

 天候に恵まれ、この時期にしては展望にもまあまあ恵まれた山行となった。パノラマ台までなら駐車場から1時間弱位で登れるので富士山を写真で撮るのにはもってこいの場所ではないだろうか。積雪の直後に又訪れてみたいものである。


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